10年前に「登竜門」をくぐった5人
登壇したのは、次の5人です。
- 吉村 信平氏|81RAVENS 共同創業者・代表取締役CEO
- 福海 道登氏|FLICKSHOT Managing Partner
- 弘中 稜也氏|iFund GP
- 石河 凌平氏|深圳市五右门人力資源有限公司 董事長CEO
- モデレーター:仲川 英歩氏|株式会社ユーザベース Finance担当
学生時代にF Venturesへ入ったきっかけから、当時どんな経験を積んだのか。そして現在、どのような挑戦を続けているのか。F Venturesという「登竜門」を通過した先輩たちのキャリアが、このセッションで語られました。
今回集まったのは、F Ventures設立初期の数年間に活動していたメンバーが中心です。福海氏の結婚式のために東京から元メンバーが福岡に集まるタイミングと、F Venturesの10周年が重なり、このセッションが実現しました。当日は「学生時代」「FVでの振り返り」「今の挑戦」「未来に向けて」の4つの論点に沿って、およそ10年分の軌跡が語られました。
入口は新聞、Twitter、検索——4人の入り方はすべて違った
最初のテーマは、学生時代になぜF Venturesに関わることになったのか。4人の入り方は、それぞれまったく異なっていました。
「雑巾がけからさせてください」
石河氏は福岡大学の夜間学部に通いながら、昼間はアルバイトをして過ごしていました。大学3年生になり就職活動を意識し始めた時期、「何か意識の高いことをしたい」と考えていたタイミングで、F Venturesが福岡にできるというニュースを新聞で知ります。そこでTwitter(現X)からF Ventures代表パートナーの両角将太を探し出し、「雑巾がけからさせてください」とDMを送りました。この一通から、F Venturesでの活動が始まります。
石河氏はTORYUMON第1回・第2回の立ち上げと運営に携わり、福岡市と一緒にスタートアップを探す活動にも取り組みました。就職活動を意識していた大学3年生が、その延長線上でVCの現場に飛び込んだ形です。
「TORYUMONっていうイベントがあるぞ」
福海氏は、九州大学に入学する前からF Venturesと接点を持っていました。「春から九大」といったTwitterのハッシュタグで先輩を探していたところ、TORYUMONの存在を見つけます。当時は第1回の開催前でスタッフを募集していたため、自らDMを送って参加しました。
そこで出会った起業家たちに「この世界は面白い」と感じ、大学入学と同時にインターンとしてF Venturesに加わります。第1回・第2回のTORYUMON運営を経て、第3回・第4回では自身が代表を務めました。福岡市と連携した「福岡市動物園アイデアソン」の企画、両角とのイスラエル出張、実際の投資案件では投資委員会向け資料の作成から委員会への出席・運営までを担当し、その投資先が後に吉村氏が立ち上げる会社でした。
「高校生に投資しているVCがある?」
4人の中で最も早くF Venturesと接点を持ったのは吉村氏です。当時は高校2年生。きっかけは起業への志ではなく、「お金が欲しい」と思って「高校生 投資家」と検索したことでした。検索結果に出てきたのが、高校生にも投資しているというF Ventures。VCという存在すらほとんど知らないまま、「スポンサーになってもらえるかもしれない」という期待で連絡を取ります。
実際に会ってみると、そこからF Venturesのメンバーにスタートアップについて教わる関係へと発展していきます。当時からゲームに取り組んでいた吉村氏は、F Venturesで「TORYUMON eスポーツ」を企画し、ウイニングイレブン大会などを開催しました。スポンサー営業からイベント運営までを自ら担当し、高校3年生の2018年10月2日に起業します。翌10月3日にはF Venturesから投資を受け、「投資をする側」の内部にいた関係から「投資を受ける側」の起業家へと立場を変えました。
「就活界隈がしんどかった」
弘中氏は、最初からスタートアップを志望していたわけではありませんでした。大学1年生の頃はいわゆる就活コミュニティに参加していましたが、大学4年生になると「人生」について語られることに違和感を覚えるようになります。そんな中で出会ったのが、福海氏や吉村氏らのコミュニティでした。
「eスポーツやべぇっす」というような、それまでの就活コミュニティとは違う空気に惹かれ、弘中氏は徐々にその世界に入り込んでいきます。福海氏、吉村氏と同じ学生マンションに住み、3人で過ごす時間も増えていきました。当時は「友達が全然いなかった」と、3人で振り返る場面もあります。その後、福海氏に誘われてF Venturesへ加わり、TORYUMONの運営だけでなく投資業務にも携わりました。
新聞、Twitterのハッシュタグ、検索、そして就活コミュニティへの違和感。4人の入口はいずれも「起業したい」という志ではありませんでした。共通していたのは、ニュースや検索結果を見て終わりにせず、自分からDMを送ったことです。
高校生が目の前で起業家になる——インターンで得た「原体験」
F Venturesでの経験は、インターン業務にとどまりませんでした。その象徴が、福海氏が携わった吉村氏への投資です。高校生だった吉村氏から「面談したい」とDMが届き、実際に話を聞いてみると、持ち込まれたのはポケモン大会へのスポンサー依頼でした。そこから約半年にわたって関わりを続ける中で、吉村氏は起業します。
高校生だった吉村氏が福岡から起業していく過程を、福海氏はすぐそばで見ていました。当時はオンラインミーティングも今ほど一般的ではなく、福岡に起業家が多くいたわけでもありませんでした。F Venturesの仲間と生活も事業も共にしながら、目の前で一人の高校生が起業し、その起業家に実際に投資する。この一連の経験が、福海氏にとって後にベンチャーキャピタリストとして活動していく上での原体験になります。
「起業家が生まれる瞬間を、福岡で自分の目の前で見る」と福海氏は語ります。それがF Venturesで得た、何にも代えがたい経験でした。インターンで得た最大の資産は業務スキルではなく、起業家が生まれる瞬間を至近距離で見た経験だったといえます。
東京、ドバイ、シンガポール、深圳——4人が場所を変えた理由
F Venturesを離れた後、4人の進路は大きく分かれていきます。VCとして投資家の道を歩む者もいれば、eスポーツや海外事業のように、まったく異なる分野で挑戦を続ける者もいました。共通するのは、学生時代に得た経験や人のつながりが、次の拠点選びの土台になっていることです。
弘中氏——「寂しかったから」東京に残った
弘中氏はF Venturesを離れた後、東京へ移ります。理由について「憧れる人たちがみんな東京に行っちゃって、寂しかったから」と笑いながら振り返ります。実際に行ってみると人とチャンスの多さを実感し、そのまま東京に残ることを決めました。その後、自分たちでファンドを立ち上げ、現在はiFundのGPを務めています。F Venturesでの投資業務の経験が、そのままベンチャーキャピタリストとしてのキャリアにつながりました。
福海氏——福岡発のブロックチェーン熱が、ドバイでのVC設立につながった
福海氏は卒業後、東京のベンチャーキャピタルで約3年間経験を積み、2022年にドバイへ移住します。現在はドバイを拠点に、Web3・ブロックチェーン・クリプト領域に特化したVCを立ち上げ、投資と投資先支援を行っています。原点は2018年頃、両角とともに福岡でブロックチェーン関連イベントを開催し、ビットコインやクリプトについて学んでいた経験にあります。
その後、日本でもWeb3・クリプトが盛り上がりを見せる一方、税制や法制度の問題から日本のVCは投資しづらい状況が続きました。海外では投資が進み、資金も集まっている。「だったら、自分が海外に行けばいい」と福海氏は語ります。若い起業家に資金を届ける役割を自分が担えばいい、という判断がドバイ移住の決め手になりました。
吉村氏——高校生の「ゲーム好き」が、世界大会を伴う事業になった
吉村氏はF Ventures時代から一貫してeスポーツを軸に活動し、その後ブロックチェーン事業に挑戦します。海外展開や税制の事情から、拠点をシンガポールへ移しました。現在もeスポーツを生業として世界を舞台に事業を続けており、自身が開発するゲーム「PARAVOX」では、賞金1億円規模の世界大会も開催しています。高校生の頃の「ゲーム」という興味が、F Venturesでの経験を通じて事業になり、海外へと広がっていきました。
石河氏——タイミー創業メンバーの一言から、深圳での「逆張り」へ
石河氏は卒業後、新卒でスタートアップに就職し、約3年間働いた後にフリーランスとして独立します。周囲でスタートアップに挑戦する人が増える中、「自分ももう一度、スタートアップに挑戦したい」という思いが強まっていきました。きっかけは、F Ventures時代からつながりのあったタイミー創業メンバーとの会話です。「中国にはまだタイミーのようなサービスがない」と聞き、「じゃあ僕、中国でタイミーやりますわ」と、中国語は「ニーハオ」程度の状態から深圳へ渡りました。
日本でタイミーが大きく成長しているなら、人口が約10倍の中国ではさらに大きな可能性がある。その「逆張り」の発想で始めた事業を、石河氏は現在も深圳で続けています。
4人とも「海外に行きたい」から場所を選んだわけではありません。資金を届けたい起業家がいる、事業を伸ばせる市場がある、税制や制度の制約を解きたい——やりたいことの制約条件を解くために、結果として場所を変えていきました。次に選んだ場所で、4人はどのような壁にぶつかっていったのか。セッションはここから、より率直な話へと移っていきます。
「困難しかない」——成功のその後に、それぞれが直面していること
4人の現在地は、VC、海外事業、Web3、eスポーツと多様です。一方で、順風満帆に見える彼らにも、それぞれの課題があります。セッション後半では「今、何に悩み、どう乗り越えようとしているのか。これから何に挑戦するのか」が、それぞれの言葉で語られました。
福海氏——ドバイでの転機と、次の領域を探す3年間
転機になったのは、ドバイでの生活でした。中東情勢が不安定化する中、福海氏が実際に住んでいたマンションの近くにミサイルやドローンが飛来します。全国ニュースになるほどの状況を経験したことが、拠点として選んできたドバイを考え直すきっかけになりました。
投資対象としてきたWeb3・クリプト業界自体も、以前より厳しい環境にあります。ドバイやクリプトへの思いは変わらないものの、「次にどの領域へ挑戦するのか」を考え始めているといいます。注目しているのはディープテックや防衛領域です。自身が戦争の危険を身近に感じた経験からも、今後スタートアップが大きな役割を果たす領域だと見ています。
約10年のVC経験を活かしながら、今後3年ほどは新領域をキャッチアップし、VCとして次の挑戦を模索する方針です。次の拠点やファンドの形はまだ決まっていません。「住む国が決まらないと、長期的な目標を決めるのも難しい」と福海氏は語ります。
弘中氏——日本にいながら、海外と日本のスタートアップをつなぐ
弘中氏はVCの仕事を続ける一方、最近は「事業にもチャレンジしてみよう」と新たな一歩を踏み出しました。取り組んでいるのは、海外と日本のスタートアップをつなぐ事業です。日本のスタートアップを海外へ、海外のスタートアップを日本へ。その間に立ち、テクノロジーを社会に実装する「架け橋」を目指しています。
他のメンバーが海外へ飛び出す中、弘中氏はあえて日本にいながら海外と仕事をする道を選びました。海外のスタートアップにとって、日本市場への参入には独特の難しさがあり、特に社会実装には時間がかかります。だからこそその「時間のかかる部分」を丁寧に担う。VCとして培ったネットワークと知見を、自らの事業として社会実装につなげようとしています。
吉村氏——「もう困難しかなくて」、大型調達の後に待っていた経営
「もう困難しかなくて。」吉村氏のこの一言は会場の笑いを誘いましたが、その背景には、これまでの大きな資金調達と、その後の事業運営の苦労があります。20代前半で大型の資金調達を経験した吉村氏は、事業を拡大する中で、調達した資金をどう事業成長につなげるか、経営者としてどう責任を背負うかという難しさに直面しました。
大きな資金を調達しても、事業が順調に進むとは限りません。むしろ組織や事業を大きくするほど、資金の使い方、成長へのプレッシャー、経営者としての責任も大きくなります。現在は事業が成長する中で、これまでの経験を糧に、改めて事業を伸ばすことに注力しているといいます。「資金を集めること」と「事業を成長させること」は別物である——大型調達を経験した吉村氏だからこそ語れる区別です。
あわせて取り組んでいるのが、「伝説ラジオ」というYouTube・ポッドキャストです。きっかけは福岡の先輩起業家とのつながりで、東京で「ビデオポッドキャストをやってみないか」と声をかけられたことでした。eスポーツとは異なる発信活動ですが、F Ventures時代から続く先輩・後輩の関係が、10年経った今も新しい機会を生んでいる例といえます。
石河氏——「言語ですかね」、想定どおりにいかないから新規事業へ
深圳を拠点に事業を続ける石河氏が挙げた現在の課題は、「言語ですかね」という一言でした。中国語を学びながら事業を進める一方、既存事業は当初想定したほど急激には成長しておらず、新たな可能性を模索しています。現在は飲食領域にも目を向け、新規事業の準備を進めています。
「全然うまくいかないです。なんかアイデアあれば。」と、石河氏は笑いながら語ります。既存事業が想定通りに進まない状況でも、次の一手を探し続けています。
地政学リスク、市場サイクルの変化、大型調達後の経営責任、言語と事業成長の壁。4人が直面する困難の種類はばらばらですが、共通するのは「だからやめる」ではなく「次にどうするか」を考え続けていることです。海外での壁は、挑戦をやめる理由にはなっていません。
「登竜門」の10年が示すもの
学生時代に同じ場所をくぐった4人のキャリアは、VC、Web3、eスポーツ、海外事業へと分かれ、拠点も東京、ドバイ、シンガポール、深圳とばらばらになりました。共通するのは、学生時代に自分からドアを叩き、目の前の機会——イベント運営、行政との協働、海外出張、投資委員会——を引き受けたこと。そして環境が変わっても「次にどうするか」を考え続けていることです。挑戦する国も、事業も、役割も変わりましたが、4人はそれぞれ自分が面白いと思うものへ進み続けています。
10年前にここから出ていった挑戦者たちの現在地は、これから出ていく若者にとって、成功譚ではない実例集になっています。福岡で灯された焔は、次の10年、これから挑戦するU25世代へと受け継がれていきます。
Vol.1 了